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札幌高等裁判所 昭和57年(ネ)107号 判決

控訴人(被告) 日本電信電話公社

被控訴人(原告) 金田成子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張と証拠の関係は、証拠として、被控訴人が、甲第二九号証(写)を提出し、当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、「乙第四三号証の二ないし五、第四五、四六号証の成立は不知、同第四三号証の一以下のその余の乙号各証の成立は認める。」と述べ、控訴人が、乙第四三号証の一ないし五、第四四ないし四七号証、第四八号証の一ないし三を提出し、当審証人赤石政泰の証言を援用し、甲第二九号証の原本の存在と成立を認めたほかは、原判決事実摘示と同一であるのでこれを引用する(但し原判決三〇枚目表四行目「山岸宏美」とあるを「山本宏美」と改める)。

理由

一  被控訴人が、帯広電報電話局(以下「帯広局」という。)に勤務する控訴人の職員であるところ、控訴人が、昭和五三年一一月一四日被控訴人に対し、受診命令拒否(原判決事実摘示の請求原因二項1の事実)及び職場離脱(同項2の事実)を理由として、被控訴人を同月九日付で戒告する旨の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで先ず本件処分における懲戒理由のうち、受診命令拒否の事実の存否とその懲戒事由該当性の点について判断する。

1  被控訴人は、昭和四五年四月控訴人に採用されて以来、電話交換作業に従事してきたが、昭和四九年七月五日頸肩腕症候群に罹患しているとの診断を受けてしばらく休養加療し、同年九月五日職場復帰してからは、軽易な机上作業に担務替えとなり、さらに昭和五〇年九月三日には控訴人により右疾病につき業務上の認定(労働基準法七五条所定の業務上の疾病の認定のこととみられる。)を受けたものであること、控訴人は、昭和四五年ころから電話交換職を中心として発生した頸肩腕症候群につき、病因の究明、予防及び回復のための諸施策を講じ、これにより北海道ではその罹患者数が年々減少するに至つたが、発症後三年以上経過しても軽快しない長期罹患者が罹患者の多数を占めるようになつたため、これに対処する具体的な施策を求めていた全電通労組北海道地方本部(以下「道地本」という。)とも協議のうえ、その施策の一環として、昭和五三年七月一四日道地本との間で、右の長期罹患者及び控訴人の産業医である健康管理医が必要と認めた者(以下これらの者を「長期罹患者等」という。)を対象とし、疾病要因を追求して、その診断により治療及び療養の指導をして早期健康回復を図ることを目的とする総合精密検診(その検診方法は、被検者を札幌逓信病院に入院させて、整形外科を中心に、内科、精神科ないし精神神経科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、必要に応じて他科の検診を含む総合精密検診をなすもので、検診のための入院期間は二週間程度、参加人員は一回四名程度とし、その人選は、控訴人の健康管理医が行うとするもの。以下これを「本件検診」という。)を実施する旨の労働協約を締結のうえ、同年八月三〇日控訴人の北海道電気通信局職員部長から帯広局を含む各機関の長に対し、その旨の通達が発せられたこと、そして控訴人の右職員部長は、同年九月二日健康管理医の意見にもとづき、同年一〇月五日から一八日までの間に実施予定の本件検診(第四回目のもの。)の対象者を帯広局においては被控訴人と中田良子に決定したので、予めその内定通知を受けていた帯広局の岩渕運用部長は、同年八月二一日道地本の帯広分会(以下「分会」という。)にその旨を連絡(被控訴人は、同日分会の村上書記長からその連絡を受けた。)のうえ、同年九月一三日直接被控訴人にその旨を伝達して受診方を促したが、被控訴人がこれに消極的な態度を示していたため、同年一〇月三日被控訴人に対し受診方の業務命令を発したところ、被控訴人はこれを拒否し、また右運用部長が、同年一〇月二七日再度受診の機会を与えて翻意を促すため、同年一一月九日から二二日までに実施予定の本件検診を受診するよう改めて業務命令を発したが、被控訴人は、同月三〇日これをも拒否したこと及びこれらに関連する諸事情についての当裁判所の認定、判断は、次のとおり加除、訂正するほかは、原判決三一枚目表五行目の「一 頸肩腕症候群」からその三九枚目裏二行目の「証拠はない。」までの部分(原判決理由第二の一ないし三項の部分)に説示されているところと同一であるのでこれを引用する。

(1)  原判決三一枚目表末尾より三行目の「甲第五号証、第七号証」を「甲第一七、一八号証」と改め、その末行の「成立に争いのない」の次に「甲第五号証、第一六号証」を、その裏一行目の「成立したと認められる」の次に「甲第七号証、右証言により原本の存在と成立の真正を認められる」をそれぞれ加える。

(2)  原判決三六枚目表一、二行目の「治療状況が」を「治療状況等が請求原因三の1の(一)の(1)のア及び」と改め、その四行目の「甲第七号証」の次に「第一八号証」を加え、同行目の「甲第一八号証、」を削除し、その六行目の「電気通信局長」を「電気通信局職員部長」と改める。

(3)  原判決三六枚目裏末尾より三行目の「同川原智鶴子」の次に「、当審証人赤石政泰」を加え、同行目の「原告本人尋問」を「原、当審における被控訴本人尋問」と改める。

2  そこで被控訴人に本件検診の受診義務があるかを考えるに、

(1)  公社(控訴人。以下同じ。)の職員は、公社に対し、職務専念義務のほか、法令及び公社の定める業務上の規程あるいはこれらにもとづく業務上の命令に従うべき義務を負つているところ、本件検診は、いわゆる業務上の疾病である頸肩腕症候群の長期罹患者等を対象として、疾病要因を追求し、その診断により治療及び療養の指導をして早期回復を図ることを目的として実施されるものであることは前記のとおりであるので、これは公社が職員に対して負つているいわゆる健康配慮義務を尽すための施策として行われるものと評価することができ、その限りにおいて、本件検診の実施は公社の業務に属するものとみることができる。

しかしながら他面、公社職員は、公社に対して前記のごとき義務は負つているけれども、包括的にその支配に服するものではないところ、公社がその健康配慮義務を尽すために行う施策が、職員に対して疾病につき診察、治療の医療行為を受けさせることをその内容とする場合には、当該職員の自由権(医療行為については、原則として、これを受ける者に、自己の信任する医師を選択する自由があるとともに、予めその医療行為の内容につき説明を受けたうえで、これを受診するか否かを選択する自由があり、かつこのことは、その医療行為が診察を目的とするものか、治療を目的とするものかにより、決定的な差異はないものと解される。)を害するおそれがあり、しかも右の健康配慮義務は、あくまで公社が職員に対し、その健康の維持ないし増悪防止のため負担する義務にもとづくものであつて、その義務履行のための施策を受容することを当該職員が拒否した場合においては、その拒否によつて公社がその義務を尽くすことができなくなる限度においてかつそれに応じて公社はその義務違反の責任の全部又は一部を免れるものと解されるから、これらの諸点を考え合わせると、公社は、たとえ右の健康配慮義務を尽すための施策であつても、それが職員に対して疾病につき医療行為を受けさせるものである場合には、その内容が前記自由権の尊重につき考慮を払つたものでない限り、あるいは他にその自由権を制約するについて合理的な理由のない限りは、職員に対し、その施策の受容を承諾なくして強制することは許されないというべきである。

(2)  しかして本件検診は、前記のとおり、頸肩腕症候群の長期罹患者等を被検者として、二週間前後にわたり札幌逓信病院という特定の病院に入院させ、整形外科を中心に、内科、精神科(あるいは精神神経科)、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、症状に応じて他科の検診をも行うというものであつて、その具体的な検診内容は明らかではないが、これにより少なくとも当該被検者は、検診期間中における私的生活がかなり制限されるほか、必ずしも自己の信任しない医師により、検診に必要な限度において、身体的侵襲を受けるとともに個人的秘密が知られることにもなるから、このような前記自由権に対する重大な制約を伴う検診については、他に合理的な理由のない限りは、被検者たる当該職員にその受診義務を課することはできないというべきである。

(3)  ところで控訴人が、被控訴人の加入している労働組合である道地本との間で本件検診を実施する旨の労働協約を締結したことは前記のとおりであるけれども、一般に労働協約がその協約当事者以外の組合員たる個々の職員に対して直接に義務を負わせる効力を有することはあり得るとしても、それは組合が組合員たる職員のため処分権能を有する範囲あるいは組合員たる職員に対しその統制権能を及ぼし得る範囲に限られると解されるところ、医療行為につき組合員たる個々の職員の有する前記自由権は、本来その個人的領域に属し、組合といえどもこれを処分、制限することのできない事項であるというべきであるから、仮に前記労働協約が、組合員たる個々の職員で長期罹患者等に該当する者に対し、直接に本件検診を受診すべき義務を課する趣旨を含むものとするならば、かかる労働協約はその部分につき無効というほかはない。

そうすると前記労働協約締結の事実は、本件検診の受診義務を肯定するうえでの前記合理的理由には該らないし、ほかにも被控訴人について前記合理的理由に該当する事実を認めるに足る証拠はない。

もちろん、本件検診を―とくに広範囲に―実施することにより、疾病要因が明らかにされ、的確な治療及び療養の指導をすることが可能となり、結果的には被控訴人ら長期罹患者に良結果を齎らすことが考えられ、その意味では、被控訴人らが本件検診を受けることが望ましいともいい得るけれども、そうだからといつて、前述したところからみれば、被控訴人らに、本件検診を強制的に受診しなければならない義務があるとまでは認めることはできなく、また、こう解したからといつて、労資関係の信義則に反するということもできない。要するに、本件検診は、被控訴人のような相手方を説得して行うべきであつて、法的義務の履行として、これを強制することはできないものである。

なお、本件検診が労働安全衛生法六六条にもとづく健康診断とはその目的を異にするものであつて、右条項を根拠として被控訴人にその受診義務を認めることができず、したがつてまた同条五項但書の規定が本件検診にそのまま適用されることにはならないことは原判決の説示するとおりである(原判決三九枚目裏一〇行目から四二枚目裏八行目まで)から、これを引用する。

3  右によると、控訴人が被控訴人に対し、再度にわたつて発した本件検診を受診すべき旨の前記業務命令は、被控訴人にその受診義務がないから無効であり、したがつて被控訴人がこれを拒否したことをもつて懲戒の事由とすることは許されないというべきである。

三  次いで本件処分における懲戒理由のうち、職場離脱の事実の存否とその懲戒事由該当性の点について判断するに、分会の帯広局に対する要求にもとづき、昭和五三年一〇月九日午後三時から帯広局会議室において、被控訴人に対し発せられた前記業務命令に関しその事実経過等を究明するための団体交渉が非公開の申し合わせのもとに開催されたこと、被控訴人は、当日の休憩時間が午後三時から三時一五分までと指定され、その終了時には自席に戻つて職務に復帰しなければならなかつたのに、午後三時一五分ころ他の女子職員一一名とともに右団体交渉を傍聴しようとして会議室に入室し、その際右団体交渉に臨んでいた合林分会長に非公開であるので直ちに退室するよう指示されたが、右女子職員のうち、被控訴人以外の一部の者から公開すべきであるとの発言等があつて室内は一時騒然となり、これに対し合林分会長がとにかく会議室から出るようにと述べて、被控訴人を含む女子職員を促して室外に出たうえ、滝山執行委員を加えて公開を主張する右女子職員の説得にあたつたが、公開、非公開をめぐつてしばらく論議が続きそうな状況から、右女子職員の執務の関係が心配になつた合林分会長がその点を注意したので、被控訴人は、その場から立ち去つて、右休憩時間経過後の午後三時二五分ころ自席に戻つて職務に復帰したこと、なお右団体交渉は、右女子職員との対応のために、帯広局からの説明が終了した午後三時二〇分ころ分会からの休憩の申し入れにより中断し、その後分会から帯広局に再開の申し入れがなされたが、帯広局は、すでに公社側の説明が終了し、またこれを継続した場合混乱が予想されることを理由に断つたため、結局再開に至らなかつたこと及びこれらに関連する諸事情についての当裁判所の認定、判断は、次のとおり加除訂正するほかは原判決四六枚目裏六行目の「五 原告の職務放棄」からその五〇枚目表末尾より四行目の「いうべきである。」までの部分(原判決理由第二の五項の部分)と同一であり、また被控訴人の右職場離脱の行為が、控訴人の就業規則五九条一八号、五条一項による懲戒事由に該当し、また控訴人のなす戒告の懲戒処分に昇給時における昇給額減額の効果を伴うことがその懲戒処分を無効とする理由にはならないことは、原判決五〇枚目表末尾より三行目の「六 処分事由」からその五一枚目裏末行の「理由がない。」までの部分(原判決理由第二の六項及び第三の一項の部分)と同一であるので、それぞれ右該当部分を引用する。

(1)  原判決四七枚目裏一行目の「被告」の次に「(帯広局)」を加える。

(2)  原判決四八枚目表四、五行目の「女子職員の中から」を「女子職員のうち、被控訴人以外の一部の者から」と、その五行目の「騒然としたこと、」を「一時騒然となつたこと、」と、その六行目の「判断ができなかつた」からその七行目の「話し合つたが」までを「判断ができなかつたが、とりあえず会議室から出るようにと述べて、被控訴人を含む女子職員を促して室外に出て、滝山執行委員とともにその説得にあたつたところ」とそれぞれ改める。

(3)  原判決四八枚目裏末尾より二、三行目の「であつたこと」の次に「、なお右の中断した団体交渉は、その後分会から控訴人(帯広局)に対して再開の申し入れがなされたが、控訴人(帯広局)が、すでに公社側の説明が終了し、またこれを継続した場合に混乱が予想されるとの理由でこれを断つたため、結局再開には至らなかつたこと」を加える。

四  進んで本件処分が懲戒権の濫用となるかについて判断するに、本件処分は、受診命令拒否と職場離脱とを懲戒の理由とするものであるところ、前者の事実が懲戒事由に該らないことは第二項説示のとおりであるから、本件処分はその前提判断の重要な部分に誤りがあつたというべきであり、また後者の事実についてみても、前項引用の原判決認定事実からすれば、被控訴人が職場を離脱した時間は一〇分前後にすぎないものであり、また被控訴人が、他の女子職員とともに団体交渉の行われていた会議室に立ち入り、これを咎められた際に、他の女子職員の一部の者が公開を主張したことなどから、右団体交渉が中断されるという事態を招いたことは非難されるべきことではあるが、しかし被控訴人を含む女子職員は、合林分会長に促されて比較的すみやかに退室したことなどからみて、右会議室への立ち入りが団体交渉に不当な圧力をかけ、あるいはこれを妨害しようとする積極的意図のもとになされたとまでは認め難く(前項及び第二項1で引用した原判決認定事実のうち、前記業務命令が発せられた前後の経過からしても、右のような積極的意図は窺われない。)、また前項引用の原判決の事実認定に供された各証拠(原判決理由第一の五項冒頭部分掲記の各証拠)によると、被控訴人とともに会議室に立ち入つた女子職員のうち、午後三時から四時まで授乳のため勤務を免除されていた清水博美に対しては、その免除された時間を目的外に使用したことを理由に帯広局長から口頭による厳重注意処分がなされたにとどまり、また当時休暇中あるいは休憩時間中であつたその余の者に対しては、右会議室への立ち入りの点につき、何らの処分もなされなかつたことが認められ、これらの諸点を考え合わせると、当事者間に争いのない被控訴人に対する過去の処分(昭和五二年九月八日健康管理下にあつて出張、超勤等の勤務の免除を受けながら、健康管理上からの中止勧告等を無視して、年次休暇をとり、訪中団に参加したことを理由として、帯広局長から口頭による厳重注意処分を受けたもの。)を考慮しても、昇給時に昇給額の減額の効果をも伴う本件処分は、その原因となつた行為と対比して著しく均衡を失し、社会通念上客観的妥当性を欠いているから、懲戒についての裁量の範囲を逸脱した違法があつて無効というべきである。

五  以上によれば、本件処分の無効確認を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 澁川満 藤井一男)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

被告が昭和五三年一一月九日付けでした原告を戒告するとの懲戒処分は、無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

主文と同旨。

(被告)

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張事実

(請求原因)

一 原告は、帯広電報電話局(以下、「帯広局」という。)に勤務する被告の従業員である。

二 被告は、昭和五三年一一月一四日原告に対し、原告を同月九日付けで懲戒処分として戒告する旨の処分をした。

その理由は、

1 昭和五三年九月一三日以降、頸肩腕症候群総合精密検診の受診について再三にわたり指示したにもかかわらずこれを拒否し、

2 昭和五三年一〇月九日午後三時一五分ころ、無断で職場交渉室に立ち入り、通院終了後直ちに勤務に復すべきところ、これを怠つた

とし、これらは、日本電信電話公社職員就業規則(以下、「就業規則」という。)五九条三号及び一八号に該当し、その職員としてはなはだ不都合であるというのである。

三 しかし、本件処分は、次の理由により無効である。

1 処分事由の不存在

(一) 受診命令拒否について

(1) 事実経過

ア 原告は、昭和四五年四月に被告に採用されて以来、電話交換の職務に従事してきた。ところが、昭和四九年ころから肩こり、腕の痛み等を覚え、昭和四九年七月被告の指定病院である帯広市の川上整形外科医院で受診したところ、頸肩腕症候群と診断され、以後、電話交換職から机上勤務に変わり、同医院に通院して治療を受けてきたが、昭和五〇年九月原告の頸肩腕症候群は業務上の疾病と認定された。

イ 原告は、昭和五三年九月一三日帯広局の岩渕運用部長から、同年一〇月五日から二週間札幌逓信病院に入院して、頸肩腕症候群総合精密検診を受けるよう指示されたが、検診の必要性や目的に疑問があり、検診項目も知らされず、医師選択の自由を認めない形の受診命令は不当であると信じてこれに従わなかつた。原告は、昭和五三年一〇月二一日帯広局の赤石労務厚生課長に検診項目を尋ねるとともに検診項目を知らせてくれれば自分の選んだ病院で検診を受ける旨告げたところ、同課長は札幌逓信病院に問い合わせてあとで連絡する旨答えたが、その後も検診項目を知らされないまま、昭和五三年一〇月二七日岩渕運用部長から、同年一一月九日から二週間札幌逓信病院に入院して総合精密検診を受けるよう命令された。しかし、原告は、検診の目的ないし必要性につき疑問が解消されないので、不当な命令と信じてこれに従わなかつた。

(2) 本件業務命令の違法性

労働安全衛生法六六条五項但書は労働者の医師選択の自由を規定しているところ、この医師選択の自由は、同条所定の健康診断の場合に限らず、本件のような労働災害、職業病の治ゆ判定等の目的のために行われる検診にも適用ないし準用されると解すべきである。本件業務命令は、札幌逓信病院のみを指定し、検診項目も告知しなかつたのであるから、原告の医師選択の自由を否定するもので違法、無効である。したがつて、原告は、本件業務命令に従う義務はない。

(二) 職場離脱について

原告は、昭和五三年一〇月九日前記川上整形外科医院に通院するため、同日午後零時五〇分ころ職場を出て午後三時五分ころ帯広局に戻つたが、当時、原告には、午後三時から一五分間の休憩時間が与えられていた。そして、当日午後三時ころから局舎三階の職場交渉室で本件総合精密検診の受診命令を含む業務命令の問題で、労使間の団体交渉が行われると聞いていたので、原告は同日午後三時一〇分ころ他の組合員らとともに傍聴のため職場交渉室に立ち入つたところ、団体交渉当事者の全国電気通信労働組合(以下、「全電通労組」という。)帯広分会の分会長から退室するよう指示され、二・三分後には同室前の廊下に出て、同所で他の組合員らとともに分会長と傍聴の可否について話し合いをしていたら午後三時一五分ころになつたので、自分に与えられた休憩時間内に職場に戻るべく局舎二階の事務室に戻つた。その時刻は、午後三時一五・六分であつた。したがつて、原告には職場離脱の事実はない。

2 日本電信電話公社法違反

前年度の勤務期間中に戒告処分を受けたことのある職員の定期昇給は四分の一の割合に相当する額だけ昇給標準額を減じて行われる旨を定めた被告の就業規則七六条四項三号の規定により、原告は、昭和五四年四月一日実施された定期昇給において、昇給標準額三五〇〇円の四分の一に相当する八七五円を減額された。右の昇給標準額の減額は、減給処分と同一の実質を有するものであるところ、右減額の効果は原告が被告の従業員の地位にいる間継続するものであるから、右昇給標準額の減額を伴う本件処分は、減給処分は一月以上一年以下の間俸給の一〇分の一以下を減ずる旨定めた日本電信電話公社法三三条四項に違反し、無効である。

3 懲戒権の濫用

仮に、右1、2の主張が理由のないものであるとしても、以下の事情を考慮するときは、前記処分事由をもつてした本件処分は、重きに失し、懲戒権の濫用であるから、無効である。

(一) 原告が本件業務命令を拒否したのは、検診の実施機関として指定された札幌逓信病院に対して不信をもつていたからであり、医師選択の自由を保障した労働安全衛生法六六条五項但書の趣旨から考えて、具体的な検診項目を告知されなかつた原告がこれを拒否したのは無理からぬことである。

(二) 帯広局においては、従来から五分ないし一〇分間程度の職場離脱あるいは職務放棄は黙認され、あるいは口頭による注意ですまされていたし、当時の原告の担当職務は、電話番号簿の番号訂正等の事務であつて、忙しい職場ではなかつた。

(三) 原告は、本件処分に付されたことを理由に、昭和五四年四月一日実施された定期昇給において、昇給標準額三五〇〇円の四分の一に相当する八七五円を減額されたが、右減額の効果は原告が被告の従業員としての地位にある間継続するものであるから、本件処分により原告が被る不利益は甚大である。

(請求原因に対する認否)

一 請求原因一項及び二項の事実は認める。

二 同三項の1の(一)の(1)のアの事実は認める。

同項の1の(一)の(1)のイの事実中、岩渕運用部長が昭和五三年九月一三日原告に対して本件総合精密検診を受診するよう指示したこと、原告がこの指示に従わなかつたこと、原告が同年一〇月二一日赤石労務厚生課長に検診項目を尋ねるとともに検診項目を知らせてくれれば自分の選んだ病院で検診を受ける旨告げたこと、同年一〇月二七日岩渕運用部長が原告に対し、再度本件総合精密検診を受診するよう命令したこと及び原告がこれに従わなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同項の1の(一)の(2)の主張は争う。

三 同項の1の(二)の事実中、原告が昭和五三年一〇月九日午後零時五〇分ころ川上整形外科医院に通院するため、職場を出たこと、当時原告が午後三時から一五分間の休憩時間を与えられていたこと、当日午後三時ころから局舎三階の職場交渉室で本件総合精密検診の受診命令の問題で労使間の団体交渉が行われたこと、原告らが職場交渉室に立ち入つたこと及び帯広分会の分会長が原告らに対し、退室するよう指示したことは認めるが、その余の事実は否認する。

四 同項の2の原告が昭和五四年四月一日実施された定期昇給において、前年度の勤務期間中に戒告処分を受けたことのある職員の定期昇給は四分の一の割合に相当する額だけ昇給標準額を減じて行われる旨を定めた就業規則七六条四項三号の規定により、昇給標準額三五〇〇円の四分の一に相当する八七五円を減額された事実は認めるが、本件処分が日本電信電話公社法に違反するとの主張は争う。

五 同項の3の本件処分が懲戒権の濫用であるとの主張はすべて争い、(二)の事実のうち帯広局においては、従来から五分ないし一〇分間程度の職場離脱あるいは職務放棄が黙認され、口頭注意ですまされていたとの事実は否認し、当時の原告の担当職務内容は認める。また、(三)の事実中、原告が昭和五四年四月一日の定期昇給において、昇給標準額の四分の一に相当する八七五円を減額されたことは認める。

(被告の主張)

一 本件懲戒処分に至る経過及びその事由

原告は、以下に述べる非違行為をなしたことにより、戒告処分に付されたものである。

1 (業務命令の拒否)

(一) 総合精密検診実施に至る背景

(1) 被告の北海道における頸肩腕症候群のり患者は、昭和四五年ころから電話交換職を中心として発生し、昭和五〇年三月末には約二二〇名を数えた。その後、新規発症の漸減と治ゆ等によつて昭和五三年六月末のり患者は約一五〇名に減少した。

原告の所属する帯広局については、昭和四七年に二名の発症をみて以来、昭和四九年の一一月末には約三〇名に及んだ。その後、昭和五三年六月末には新規発症の減少及び治ゆ等により二〇名に減少したものの、そのほとんどが発症後四年有余を経過している長期り患者であるという実態にあつた。

(2) この間被告は、本症はいまだ医学的に十分解明されていないことから、その究明に鋭意務めるとともに、一刻も早い疾病の根絶と早期回復のため諸施策を講じることとし、関東逓信病院の専門医を中心に頸肩腕症候群に関するプロジエクト・チームを編成し、本疾病の専門医学的な原因究明に努めるとともに、特に労使間で予防措置及び早期回復のための種々の具体策をとりきめ、実施してきた。

すなわち、予防対策としては〈1〉頸肩腕症候群に関する健康診断(新規採用時及び定期健康診断時)の実施、〈2〉予防体操の指導奨励、〈3〉あんま器、ベルト・マツサージ器等の保健、治療器具及び運動具の配備、〈4〉職員の希望を尊重して交換室等にじゆうたんを敷く等職場環境の整備改善、〈5〉被服の改善(夏服長袖等の貸与)、〈6〉交換用送受器(ヘツドホーン)の改良を実施し、また、り患者対策としては、〈1〉指定病院の設定、〈2〉勤務時間内の通院に便宜を図る措置、〈3〉はり、きゆう等施術料の一部被告負担、〈4〉指定病院への診断書取得のための交通費及び診断書料の被告負担、〈5〉休職中の賃金及び病気休暇期間に関する優遇措置、〈6〉り患者の配置換、職種転換等の実施、〈7〉被告の設置する病院(逓信病院)におけるり患者受入れ体制の充実強化等の諸施策を採用し、実施してきている。

北海道においても、右に加えて疲労感及び緊張感の緩和対策等を講じてきた結果、り患者は年々減少し、前述のとおり、昭和五三年六月末には約一五〇名となつたが、そのうち発症後三年以上経過しても、なお治ゆに至らないり患者が約八〇パーセントを占めている現状にあつた。

(3) そこで被告は、健康管理医及び札幌逓信病院の専門医の意見を参酌しながら鋭意検討を行つてきたが、一方、全電通労組北海道地方本部(以下、「道地本」という。)においても組合員の健康の維持と確保の観点から被告に対し、具体的な施策を検討するよう要求し、種々論議を重ねてきた結果、昭和五三年七月一四日長期り患者の総合精密検診の実施について、労働協約(五三北地記第三八号)を締結するに至つたものである。

右協約は、発症後長期間にわたつて治療を受けているにもかかわらず、なお治ゆに至らない長期り患者が多数いることに加え、本症がいまだ医学的に十分究明されていないため、これら長期り患者について他に疾病要因が存在することも考えられることから、整形外科はもとより、内科、精神神経科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか症状によつては他科の検診をも含めた総合検診を行うことにより、疾病要因を追究し、その結果によつて治療及び正しい療養の指導を行い、早期に健康回復を図ることを目的としており、受診の対象者、実施方法、実施期間を次のとおり定めている。

○ 対象者

(ア) 発症後三年以上経過している者で、かつ病状が軽快していない者。

(イ) 右(ア)以外で健康管理医が必要と認めた者。

○ 実施方法

(ア) 札幌逓信病院に入院させて関係各科の検診を行う。

(イ) 検診期間は、二週間程度とする。

(ウ) 実施人員は、一回四名程度とする。

(エ) 実施にあたつては、入院時点における健康調査を行う。

(オ) 対象者の選定は健康管理医が行う。

○ 実施期間

昭和五三年八月中旬(予定)からとする。

(4) 右協約で総合精密検診の実施病院を札幌逓信病院と定めた理由は次のとおりである。

すなわち、前記の必要性から検診料及び検診項目が多岐にわたるので、これらの専門科を有する総合病院でなければならないこと、各専門科医の所見を総合し、疾病要因の究明を図り、有効な施策を見出すための検討体制が確立されていること、更に長期間にわたるベツトの確保、多数のり患者を計画的に受診させる必要があるという物理的諸制約等の条件を満たすことが本件総合精密検診実施の必須の要件であつた。しかして職域病院としての札幌逓信病院は、これら諸条件を十分に満たすものであり、なお加うるに当該病院を利用することによつて、〈1〉各科専門医に対しても頸肩腕症候群の実態と総合精密検診の趣旨を伝え、容易に理解を得ることが可能であること、〈2〉職員の健康管理にもたずさわつており、健康管理医との意思疎通が容易であつて、検診後の指導面に生かされること、〈3〉職域病院の立場で各主治医に対し、職員の健康管理上の協力要請も容易であること、〈4〉頸肩腕症候群の業務災害認定に当つての精密検診と治療を実施してきている実績があること等総合精密検診の趣旨が十分かなえられるということから労使間で合意をみたものであり、これらのことを他の総合病院に望むことは、到底不可能である。

なお、右病院における総合精密検診は、昭和五三年八月から実施され、昭和五四年二月末現在で一八名が受診している。

(二) 被告における職員の健康管理について

被告においては、職員の健康管理一般について、労働安全衛生法等関係法令に基づき衛生教育、疾病の予防、り患者の早期発見、ならびに早期回復、保健指導、衛生環境の整備等、職員の健康管理を適正に実施し、もつて業務の円滑な運営に資することを目的として健康管理規程(昭和四三年九月二四日総裁達第八四号)を定め、職員の健康管理にあたつて職員の疾病状況に対応した有効な施策を講ずること(二条一項)を規定する一方、職員は常に自己の健康の保持増進に努め健康管理従事者の指示を誠実に守らなければならない(二条二項・四条)と職員の遵守すべき義務を明記しているところである。

そして、職員の疾病の予防、保健指導を行うとともに、り患者の早期発見等を行うため、労働安全衛生法一三条所定の産業医として健康管理医を配置し、更に高度な医療技術のもとに、疾病の早期回復を図り、併せて職員の健康管理に適した疾病の早期発見、早期治療を行う病院として、北海道では札幌逓信病院を設置している。

職員の健康診断の実施については、労働安全衛生法六六条に定めるもののほか、成人病対策として人間ドツク及び胃集団検診等を積極的に実施しているうえ、健康診断等の結果により健康管理医が必要と認めたときは更に精密な検診を行うこととしている(健康管理規程二四条)。

右検診の結果等に基づき、健康管理医は、管理が必要であると認められる個々の職員に対して「要管理者」として病状に応じて「療養」(入院又は自宅で療養させる。)、「勤務軽減」(病状に応じて勤務軽減させる。)、「要注意」(療養又は勤務軽減の措置を行うまでに至らないが、宿直・宿明服務、時間外労働、宿泊出張及び過激な運動を伴う業務はさせない。)、「準健康」(通常の勤務の中で健康状態の観察を行う。)の各指導区分に従い個別に管理し(健康管理規程二六条)適切な健康管理指導を講じているものである。

(三) 原告の健康管理状況等

(1) 原告は、昭和四九年七月五日川上整形外科医院において頸肩腕症候群と診断されると同時に、被告の健康管理規程に定める指導区分の「療養」となり、休養加療を行つた結果、症状が軽快し、同年九月五日から「要注意」として職場に復帰した。

しかし、原告の症状は旬日を経ずして、同年九月一六日から「勤務軽減」(六時間勤務)、同年一一月五日から「療養」、同年一二月五日「勤務軽減」(四時間勤務)を経て、昭和五〇年二月一六日再度「要注意」となり、ほぼ平常勤務に復し現在に至つている。

このように被告は、原告の病状に応じた適切な健康管理指導を講ずる一方、昭和四九年九月五日、原告の健康状態を考慮し、従来の電話交換作業から軽易な机上作業に担務替えを行うとともに、同年九月二八日、原告から提出された本疾病の業務災害認定申請に対して、札幌逓信病院において、整形外科の精密検診を行い、その結果等に基づき、昭和五〇年九月三日付けで「業務上」に認定し、各種補償を行つているところである。

(2) これまでにおける原告の治療状況は、川上整形外科医院において多いときで月二〇回程度、本件非違行為当時は月一二、三回通院治療を受けているほか、昭和五二年四月から吉田治療院(帯広市所在)において多いときで月九回、最近では月二、三回「あんま、マツサージ」を受けているが、これらの通院治療に要する時間は「療養」「勤務軽減」の指導区分にあつたときを除いては、ほとんど勤務時間帯の中で措置してきた。

(3) 右に述べたように原告は発症以来、整形外科を中心とした治療行為を継続してきているが、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられず、このままの状態では更に回復が遅れること、このように長期間の治療行為にもかかわらず、なお治ゆに至らないことから、他に疾病要因が存在することも考えられること、更には、被告としては、原告を「業務上」に認定し、各種の補償を行つていることからもこのような状態を放置することはできず、こうした事情から健康管理医が本件の総合精密検診受診の必要性を認めたため、被告が受診を指示したものである。

(四) 受診命令拒否の事実等

(1) 被告の帯広局岩渕運用部長は、昭和五三年九月一三日原告に対し、「一〇月五日から一八日まで札幌逓信病院において総合精密検診を受診すること」を口頭で指示するとともに、実施期間・場所・検診科名及び入院にあたつての注意事項等を記載した書面を手交した。原告は右指示の際、「友人の結婚式がある。」「検診に行く際病気になつたらどうなるのか。」という趣旨の発言をして、受診に消極的な態度を示した。

同年一〇月二日午後四時半ころ、同運用部長が原告に対し受診に要する交通費等の経費を支給したところ、「まだ分会執行部と話がついていないので行かれません。」と受診を拒否する意向の発言をしたが、経費は受領した。

同日午後五時半ころ、全電通労組帯広分会の村上書記長が、「総合精密検診について分会の説明では納得できないと言つているから、本人及び頸肩腕症候群り患者代表を連れてきたので説明してやつてほしい。」として原告ほか一名を帯同し、同局赤石労務厚生課長席にきた。同課長は、前記総合精密検診の目的、実施の必要性、実施病院を札幌逓信病院とした理由等について説明し、更に原告の納得のいくまで検診の必要性について説明する意向を示したが、原告は「私たちが頸肩腕症候群り患者になつたのは被告の合理化によるものである。」と発言し、結局、「分会執行部との話し合いが終つていない。」として退席した。

(2) 被告としては、検診日が目前であることから、これら原告の態度を危惧し、翌一〇月三日岩渕運用部長から原告に対して受診方の業務命令を発したが、原告は翌一〇月四日、村越第二電話運用課副課長に対し「行かなくなりましたので、お返しします。」と交通費等の支給経費を返戻し、受診を拒否してきたものである。

(3) 被告は総合精密検診の趣旨及び原告の健康回復を配慮し、再度受診の機会を与え、翻意を促すべく、一〇月二七日岩渕運用部長から総合精密検診の必要性等について説明を行うとともに、一一月九日から同月二二日まで札幌逓信病院において、総合精密検診を受診するよう、再度業務命令を発し、その際原告に対して前回行つた受診命令を拒否した理由について質したが、「拒否した理由は分会に言つてあります。」と明確にしないまま、一〇月三〇日同運用部長に対し「札幌逓信病院は信頼できない。」との理由でこれを拒否したものである。

(五) 原告の本件業務命令拒否事由の不存在について

(1) 原告は、本件業務命令は、医師選択の自由を否定するもので、違法・無効である旨主張する。

労働安全衛生法は、六六条五項において、労働者について事業者が行う健康診断の受診義務を定める一方、同項但書において、労働者が事業者の指定する医師等の診断を受けることを希望しない場合は、他の医師等の健康診断を受けて、これに代えることができる趣旨の規定を置き、いわゆる医師選択の自由を定めている。

しかし、本件の総合精密検診については、左に述べる理由により同法六六条五項但書の適用ないし準用の余地はないものである。

すなわち、同法は労働基準法と相まつて、労働災害防止のための「最低基準」を定める法律にほかならず(労働安全衛生法一条、労働基準法一条一項、四二条)いわゆる定期健康診断、新規採用時の診断等(労働安全衛生法六六条一項、労働安全衛生規則四三条ないし四六条)あるいは有害な業務等の健康診断(労働安全衛生法六六条二項、同法施行令二二条、有機容済中毒予防規則二九条等)についての実施すべき事項を規定しているにすぎないものである。被告が行うこれら健康診断の実施にあたつては、労働安全衛生法六六条五項が当然適用されるのはもちろんであり、実際上も同法六六条五項の趣旨にのつとつて運用されているものである。

しかし、本件の総合精密検診は、右の未だ頸肩腕症候群にり患していない健康な労働者が、その健康を維持するための最低基準として設けられた一般検診と異なり、名称こそは検診ではあるが、同法の趣旨、目的を更に超え、積極的に頸肩腕症候群り患者の早期健康回復を図ることを目的として、被告が行う今後の健康管理上の措置及び治療の指針を得るために行うもの、すなわち、被告において疾病にかかつた労働者を迅速かつ公正に保護するため、適正な労働条件の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与する(労働者災害補償保険法一条参照)との意味合いをも有するもので、むしろ労働者災害補償保険法の趣旨を実現するための前提としての措置というべきものである。この点において既に労働安全衛生法六六条五項但書の規定が適用される余地はないと解すべきである。更に、本件総合精密検診については、被告にとつては法的拘束力をもつ労働協約上の義務の履行(労働基準法二条二項)の意味も合わせ持つもので、加えて前記一の1の(一)の(4)でも述べたとおり、本件のごとき総合精密検診を実施するには、札幌逓信病院以外には他に適当な機関が存在しないこと等の事情があり、前記但書がこのような場合まで予想して規定されたものでないことは明らかであつて、本件総合精密検診に労働安全衛生法六六条五項但書が適用ないし準用されるべきであるとの原告の主張は失当である。

(2) 原告は、被告において検診項目を告知しなかつたことをも、本件受診命令拒否の理由とするが、かかる主張は、既に述べた本件総合精密検診の目的・性質と相容れないものであり相当でない。

すなわち、本件総合精密検診は、前記のとおり各科の専門医が種々の角度から、り患者を検診し、その所見をもとに各科医師相互の緊密な連携を図ることによつて、疾病の要因を追究しようとするものであり、更には、その結果に基づき今後の治療及び正しい療養指導を行おうとするものである。

そのため、個々の専門分野における具体的検診項目については、り患者個々の症状によつて異なるため、当初よりこれを予想することは困難で、り患者の症状に応じあくまで医師の判断に委ねられる性質のものというべきである。

従つて、被告が原告に告知しうるのは、検診を予定する検診科名に止まるものというべきであり(検診科名については、既に原告に対し告知済みである。)、より具体的な検診項目を告知することは、被告に対し、不可能を強いるものというべきであるし、告知の必要もない。

2 (職務の放棄)

(一) 原告に対する休憩時間付与

被告は、電話交換職として採用した原告が、頸肩腕症候群にり患したため、昭和四九年九月机上作業に担務の変更をさせたものであるが、休憩時間の取扱いについては、交換作業に従事する職員に適用されるものを準用する取扱いをしてきた。

そして交換作業に従事する職員に対する休憩時間の付与については作業の特殊性・疲労度等を勘案して、分断して与えることとし、具体的な休憩時間の付与位置は、休憩時間付与計画表により、予め一定期間分定められているところである。

なお、昭和五〇年二月以降、本件非違行為時までの原告に対する休憩時間の付与は、左のとおりである。

休憩等時間帯

時・ 分  時・ 分

九・三〇~ 九・四五

一〇・〇五~一〇・二五

一一・〇〇~一一・一五

一二・〇〇~一二・四〇

一五・〇〇~一五・一五

一六・〇〇~一六・一五

(二) 職務放棄の事実

(1) 昭和五三年一〇月九日、帯広局において、前記の総合精密検診にかかる業務命令の発出について、団体交渉が午後三時から同局三階会議室で開催されていたが、その際午後三時一五分ころ、原告を含む一〇名前後の女子職員(原告を除いては、勤務時間外ないし年次休暇を取得した者である。)が、交渉に不当な圧力をかける意図のもとに、右会議室に無断で入室してきた。

交渉中の被告側交渉委員は、直ちにかかる事態について組合側に抗議したところ、合林帯広分会長は、原告らを速やかに退室させ、会議室前廊下で、原告らと話し合いを行つた。一方同じころ、事態収拾のため休憩に入りたいとの組合側の申し入れを受け、被告側交渉委員は退席した。

元来被告における団体交渉方式は、公共企業体等労働関係法第一一条の定めに基づき、労使間で労働協約として締結されたものであり、団体交渉とは一定のルールに則り、労使それぞれを代表する交渉委員によつて労使間の諸問題について十分話し合い、組合の理解と協力を求めることを目的とする場であるといえる。

しかるに原告らの行為は、こうした正常な団体交渉ルールに則り行われていた団体交渉を中断させたのみならず、再開不能に至らしめたものであり、まさに業務の正常な運営を阻害した行為と評価しうるものである。

(2) 当日、原告は、川上整形外科医院で治療を受けるため、午後零時五〇分に離席しているが、前記休憩付与時間内に帰局しているのであれば、午後三時一五分には直ちに自席に戻り勤務すべきにもかかわらず、前記交渉の場に立ち入るなどして、実際に勤務に復したのは午後三時二五分であり、この間約一〇分間にわたつて職務放棄をしたものである。

(三) なお、原告は従来から短時間の職場離脱は黙認ないし口頭注意ですまされてきた旨主張する。

従来、勤務時間に違反する行為については、被告が現認した場合、その時間が短時間で、その行為の原因となる事由、動機に単なる過失や緊急避難的要素が認められた場合においては、自戒を求めると同時に再度かかる行為のないよう必要な注意を与えてきたところである。しかるに、本件原告の行為自体正常な団体交渉に対し不当な圧力をかける意図のもとに敢行されたもので、現に原告らの行為により団体交渉の中断が余儀なくされたものであつて、そのこと自体に非違性があるのみならず、動機においても団体交渉を傍聴しようとする以上、相当の時間を要することは自明であり、そこには、職務放棄についての明確な故意性が存し看過できない非違行為というべきである。

また、原告の担当職務が電話番号簿補正等軽作業であり時間的に忙しくないとして、職務放棄が容認されるべきかの主張に至つては、むしろ被告としては、原告の健康管理上の観点から、かかる軽作業に従事させているものであつて、職務専念義務を軽減もしくは、免除する意図に出たものではないのは自明の理であつて、原告のいうところのものは、業務の繁閑度と職務専念義務という、本来別個の範ちゆうの問題を混同する誤りをおかしているものというべきである。

二 本件懲戒処分の正当性

1 以上の原告の行為のうち、昭和五三年九月一三日以降総合精密検診の受診について、再三にわたり指示したにもかかわらず、これを拒否した行為は、就業規則五九条三号の「上長の命令に服さないとき」に該当し、また、昭和五三年一〇月九日午後三時一五分ころ無断で職場交渉室に立ち入り、通院終了後直ちに勤務に復すべきところ、これを怠つたことは、就業規則五条一項の「職員はみだりに…………直属上長の承認を受けないで執務場所を離れ…………てはならない。」に該当し、結局就業規則五九条一八号に違反するものである。

そして右のうち、受診命令拒否行為については、その事情として、就業規則一六五条「職員は心身の故障により療養・勤務軽減等の措置を受けたときは、……所属長……の指示に従い健康の回復につとめなければならない」との規定、健康管理規程四条「職員等は、……健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない」及び同規程三一条「要管理者は健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」等の規定に違反するのみならず、本来労働者が誠実にその義務を履行しなければならない(労働基準法二条二項)前記労働協約に反する行為でもあり、かかる協約を実現する意味をも有すべくして発せられた再三の義務命令に反して、何ら正当な理由なくなされた原告の本件受診命令拒否行為が、被告における職場の秩序を乱すものであり、ひいては業務の正常な運営を阻害するものであることは明らかで、このことをもつてしても優に戒告処分を相当とするものというべきである。更に原告は、療養に専念し、それが終了した場合には直ちに勤務に復すべきであるのに、これを怠つて職場交渉に不当な圧力をかけるべく集団で押しかけて職場の秩序を乱しているものであり、これらの行為を併せて日本電信電話公社法三三条に基づき戒告処分としているものである。

2 懲戒権者の裁量について

いうまでもなく、職員をして懲戒事由に相当する行為があつた場合に、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等諸般の事情を考慮し懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国家公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決)。

したがつて、裁量権行使の濫用があるといえる場合は、処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、若しくは社会観念上著しく妥当を欠いたもの(最高裁判所昭和三二年五月一〇日第二小法廷判決)、換言すれば、「常識で判断してあまりにも無茶なことが明らかな場合」(園部逸夫、行政法演習II「公務員関係の性質」一四〇頁)に限られる。

3 本件各行為の違法性について

ところで本件処分の事由となつた原告の行為のうち、一の1の業務命令拒否については、何らの正当な理由なくその健康を保持して労務を誠実に提供すべき義務を懈怠しているばかりでなく、就業規則一六五条、健康管理規程四条、同三一条等に違反し、しかも原告の翻意を慮つて二度にわたつて発せられた業務命令に対し敢えて拒否の態度に出たものであつて、企業の秩序を著しく乱したものであり、かつまた本件受診命令は労働協約にもとづくものであるから、これを拒否することは労使秩序の根幹をゆるがすものであり、ひいては企業秩序の根幹にかかわる問題としてその違法性には重大なものがあるといわなければならずこれのみをとつても優に戒告以上の処分に相当するものである。

また、一の2の職務放棄についても、その背景としての態様は単なる過失による遅刻、遅参などとは明白に異なり、不当な意図の下に多衆を頼んで団体交渉という労使秩序、企業秩序の最も基本的なルールを破壊する行為であつて極めて悪質なものがあるとともに、その後の原告の対応においても右職務放棄の事実が明白であるにも拘らず、何ら反省の色もみせず、不誠実な態度に終始しており、これまた違法性の強い行為であると言わざるを得ない。

因みに、授乳時間であるのにもかかわらず、原告とともに会議室に押入つた訴外清水博美については特例的に勤務が免除されている時間を目的外に使用したとして帯広局長より口頭による厳重注意処分がなされている。

4 過去の処分歴について

原告は昭和五二年九月八日、「健康管理(C管理)下にあり勤務の免除(出張、宿泊、超勤)を受けながら、昭和五二年六月二三日から昭和五二年七月六日までの一四日間(勤務日は一〇日間)の訪中団に参加のための年次休暇の申し出があり被告は当該職員の健康管理上好ましくないと判断し所属課長および庶務課長が参加中止を再三勧告、説得したにもかかわらず、また、健康管理医の指示を無視し訪中団に参加し行動した。」として、就業規則、健康管理規程等の違反、健康回復専念義務違反を理由に帯広局長による厳重口頭注意処分に付されている。

5 本件処分の相当性について

以上のとおり、本件各非違行為の違法性については大なるものがあるとともに、右過去の処分歴をも勘案して本件処分をなしたものであるところ、就業規則六〇条によれば、懲戒処分としては、(1)免職、(2)停職、(3)減給、(4)戒告の四種類があるところ、本件処分はこれらのうちの最も軽い戒告処分であつて、これをもつて「常識で判断してあまりにも無茶なことが明らかな場合」などと評し得ないことは明らかで、原告に対する本件懲戒戒告処分は懲戒権者の正当な裁量権の行使であつたといわなければならない。

(被告の主張に対する認否)

一 被告の主張一の1の(1)のうち、(1)、(2)の事実は認め、(3)、(4)の事実は知らない。ただし、昭和四九年一一月末のり患者は三六名であつた。また、被告と道地本との間で被告主張の労働協約が締結されたことは認める。

二 同一の1の(二)の事実は認める。

三 同一の1の(三)のうち(1)、(2)の事実は認めるが、(3)の事実は知らない。

四 同一の1の(四)の(1)ないし(3)の事実は認める。

五 同一の1の(五)の(1)、(2)の主張は争う。

六 同一の2の(一)の事実は認める。

七 同一の2の(二)の(1)、(2)のうち、昭和五三年一〇月九日午後三時から帯広局において、被告主張の団体交渉が開催されたこと、原告を含む一〇名前後の女子職員が会議室に入室したこと及び合林分会長が原告らを速やかに退室させ、同室前廊下で原告ら女子職員と話し合いを行つたこと、並びに当日原告が川上整形外科医院で治療を受けるため午後零時五〇分に離席したことは認めるが、その余は否認する。

八 同一の2の(三)の主張は争う。

九 同二の1ないし5のうち、4の事実は認めるが、その余の主張はすべて争う。

(原告の反論)

一 本件業務命令拒否について

1 本件業務命令が有効であるか否かを判断するには、次の三点の検討が必要である。

(一) 本件総合精密検診の目的、必要性

(二) 本件総合精密検診の受診を強制(命令)できるか否か。

(三) 強制できるとした場合、医師選択の自由の保障が及ぶか否か。

2 被告は(一)の点につき本症がいまだ医学的に十分究明されていないため、長期り患者について他に疾病要因が存在することも考えられることから、総合精密検診を行うことにより疾病要因を追究し、その結果によつて治療及び正しい療養の指導を行い、早期に健康回復を図ることを目的としていると主張する。

しかし、被告のいう「疾病要因の追究」の意味が不明確である。たしかに、頸肩腕症候群の発生機序等は医学的に十分解明されていないが、例えば電話交換手であつた原告のように上肢を過度に使用する労働者が、作業量、作業環境によつては本症にり患することがあるのは公知のことであり、国においても労災の認定をしているのである。

疾病要因の追究が、本症と同様の症状を伴う他の疾病の有無を診断(鑑別診断)するというのであれば、原告については、それが無いことは労災認定時に証明されており、その後の累次の定期健康診断でも確認されているから、その必要はない。

それ以上に、どのような検査をすれば、どのような疾病要因が判明するかは、被告も認めているように、本症がいまだ医学的に十分解明されていない以上、何も分からない筈である。すなわち、総合精密検診とはいうものの、単に「いろいろ検査してみれば、何か分るかも知れない」という程度の検診なのである。結局、本件検診は、何ら疾病要因の追究には役立たず、り患者本人の健康回復を直接の目的としたものとは認め難く、せいぜい本症の一般的医学的究明のためのデータ集めの意味しか持たない。

3 本件総合精密検診の意味、目的が右のようなものであるとすれば、り患者に対しその受診を強制することが許されないのは当然である。

仮に、本件総合精密検診が疾病要因の追究に役立ちうるとしても、検診項目を告知しない受診命令は無効である。受診命令は、各種検査の受忍義務の設定であるから、受忍義務の内容をなす検査項目、検査方法を具体的に告知しなければ命令として成立しえない。検診科目を告知しただけでは不十分である。

被告は、具体的検診項目については、り患者個々の症状によつて異なるため、当初よりこれを予想することは困難であると主張するが、一般的に行われている医学的検査(問診を含む)をする以上、検診科目別に第一次検査、第二次検査というように順序をつけてでも検査項目、検査方法は事前に告知できる筈である。検診期間を二週間としているのも、検査項目、検査方法を概括的にせよ予定してのことであろう。検診は治療ではない。り患者個々の症状によつて異なる部分があるとしても、検査項目を全く告知できないとは考えられない。

受診命令は、形式的には各種検査の受忍命令であるという点で、また実質的にも、り患者の住居地から離れた病院に二週間入院させ(生活態様の中断、変更を来す。)、またX線照射や血液を採取されるなど肉体的侵しゆうを伴う各種検査を受けるという点で、り患者にとつては不利益処分たる側面があることを看過すべきではない。

受診命令を受ける者にとつて、検診項目を告知されなければ、何をされるか不安で、検診を受ける気持になりにくいのは自然である。

4 本件総合精密検診は、前記のように一面、健康診断の実質をもつ。

労働安全衛生法六六条五項但書に規定する医師選択の自由の保障は、本件のような検診にも当然及ぶと解すべきである。同条項の立法趣旨は、企業内病院のような事業者の指定する医師による診断は、とかく労働者に不利に、事業者寄りの判定となる傾向があるので、これを防止するため労働者が受診義務を負う健康診断の場合には、事業者に医師の指定を許さないとする原則を宣明したものである。したがつて、本件受診命令は札幌逓信病院のみを指定し、原告の医師選択の自由を否定している点でも、無効である。この理は、本件検診の実施が労働協約で定められたとしても、それは同法六六条五項但書に違反するから無効である。

被告は、種々の理由をあげて本件検診を他の総合病院に望むことは不可能であると主張するが、被告のあげる理由は札幌逓信病院が検診するのに適しており、被告にとつて好都合であるというに過ぎず、他の病院で実施することが不可能な検診内容とは考えられない。

5 以上いずれにしても、本件業務命令違反は懲戒事由としては成立しない。

二 職場離脱について

1 職場離脱についての原告の主張は、前記のとおり、職場離脱の事実はなく、仮に数分ないし一〇分程度の職場離脱があつたとしても、懲戒処分をもつてのぞむ程の非難に値する行為ではないというのである。理由を以下に補足する。

2 原告らが当日団体交渉の行われている部屋に入つたのは傍聴のためであつて、被告のいうように交渉に不当な圧力をかける意図ではなかつた。

3 従来から帯広局においては、団体交渉は組合員に公開され、すべて傍聴が許される慣行が確立していた。傍聴者の途中の入退室も自由であつた。

4 原告らは当日平穏に入室し、平穏に傍聴しようとしたのであつて、原告を含む傍聴者は誰も発言していないし、圧力をかける言動もしていない。原告らが交渉室に居た時間も一分間位である。

5 団体交渉が中断したのは、当事者の組合役員と被告側交渉委員らが、従来の慣行を無視して、理由なく当日の団体交渉を非公開とし、原告らの退室を迫つたからである。中断の責任は原告らにはない。

6 原告らが当日の団体交渉を傍聴しようとしたのは、議題が頸肩腕症候群り患者に対する総合精密検診受診の業務命令についてであつて、特に関心が深い問題であつたからである。

7 原告は自分の休憩時間の範囲内(午後三時一五分まで)だけ傍聴し、詳細は後刻他の傍聴者らに尋ねるつもりでいた。

8 被告が事実無根ないしは取るに足りない職場離脱を懲戒処分事由としたのは、受診命令違反が懲戒事由として成立しないことを考慮して、支えとしてつけ加えたものである。

第三証拠〈省略〉

理由

第一 請求原因一項(身分関係)及び二項(本件処分の存在)については、当事者間に争いがない。

第二 処分事由の存否について

一 頸肩腕症候群長期り患者に対する総合精密検診実施に至る経緯

1 被告の主張一の1の(一)の(1)、(2)の北海道における被告従業員の頸肩腕症候群の発生状況及びこれに対する被告の対応の模様の各事実については、当事者間に争いがない。

2 いずれも成立に争いのない甲第五号証、第七号証、第二二号証、乙第六号証、第七号証の一、二、第一五号証ないし第二二号証、第二六号証、第三五号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一三号証、証人合林弘の証言により真正に成立したと認められる乙第三四号証並びに証人見上光男及び同合林弘の各証言を総合すると次の各事実が認められる。すなわち、

(一) 右争いのない経過のとおり被告における頸肩腕症候群のり患者数は減少したが、いまだ治ゆしていないり患者のうち発症後三年以上を経過しても治ゆしていない者の占める割合が大きく(北海道においては七五パーセントを占める。)、このことは全国的規模で問題となり、全国の健康管理医の研修会や全国電気通信局保健課長会議などにおいても、これら長期り患者についての対策の必要性が議論された。北海道においては、昭和五二年の春闘において道地本は北海道電気通信局長に対し、頸肩腕症候群のり患者の早期回復を図る立場から、本症の発生原因追究とその解消策、り患者に対する回復のための手だてと企業責任のあり方についての今後に向けての基本姿勢を具体的に明示するよう要求した。これに対し、北海道電気通信局長は、頸肩腕症候群の発生原因等については、関東逓信病院のプロジエクト・チームをはじめ、関係各方面の専門医等が医学的な検討を重ねて追究しているところで、いまだ解明されていないけれども、被告は電話交換職に本症が多発していることを重視し、この根絶を基本に予防策、治療に専念できる特別措置及び職場環境の改善等については全公社的に対処してきたところである、今後ともこのような基本姿勢に立つて、予防体操の定着化を図るとともに全職員を対象とした基礎体力づくりを行うこと、健康管理従事者とり患者とのコミユニケーシヨンを深め、早期回復の意欲を更に高めること、長期り患者を対象に入院治療を行うことなど専門医の意見を徴しながら、被告としてでき得る諸対策について積極的に取り組む考えである旨の回答をし、団体交渉においてもこれらの対策についての議論がされた。

そして、被告は、昭和五三年三月札幌市において北海道内の健康管理医、札幌逓信病院健康管理科部長、整形外科部長及び精神神経科部長を集めて健康管理医の打ち合せ会を開催して議論したが、本症の発症原因についていまだ医学的に十分な解明がされていない現状においてその早期回復を図るためには、単に整形外科のみならず、内科、精神神経科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科、産婦人科、更には個々の症状に応じて他の科を含めた人間ドツグ的な検診が必要であるとの意見が強く出された。また、そのころ行われた被告と道地本との話し合いにおいても、道地本から人間ドツグ的な検診が必要である旨の意見が強く出された。

このような経緯を反映して、道地本は、昭和五三年七月一九日から二一日まで函館市で開催される第三〇回定期全道大会に提案する同年の活動方針案に頸肩腕症候群対策を盛り込み、その中で頸肩腕症候群り患者のうち長期にわたつている者(原則として三年以上)を対象に総合精密検診を実施し、医学的立場から療養のあり方を含めて具体的指導を徹底させるとの方針を明らかにし、右の活動方針案を掲載した議案集を作成して昭和五三年六月一五日付けの機関紙「全電通北海道」の号外として下部機関に配布した。右議案集は同月下旬には帯広局の各職場にも配布され、各職場での討議を経て分会の意見がまとめられ、更に分会の上部機関である釧路支部の意見に集約されて定期全道大会に至つたが、その過程において、右の頸肩腕症候群対策についての方針案に対し、否定的な意見は出なかつた。

(二) 被告(北海道電気通信局長)と道地本は、前記定期全道大会に先立つ昭和五三年七月一四日の団体交渉において、頸肩腕症候群の長期り患者に対する総合精密検診を行うものとすることで合意し、頸肩腕症候群長期り患者等の総合精密検診の実施についてという標題の被告の主張一の1の(一)の(3)掲記の協約を締結した。

そして、第三〇回定期全道大会において、前記活動方針案が満場一致で決定された(昭和五五年七月一四日右協約が締結されたことは当事者間に争いがない。)。

(三) 道地本は、右協約締結に至る交渉の経緯について、各支部長、各分会長宛の「頸肩腕症候群(職業病)のとりくみについて」と題する昭和五三年四月一八日付け文書(全電北第二六号)を配布して、長期療養者(健康管理対象)に対しては、通信病院の整備拡充(リハビリを中心とした整備が進行中)などを考慮しながら、精密検診を中心として療養のあり方について抜本的な対応をすべく交渉中であるので、別途具体策が決まり次第指導することとするので承知されたいとの指示をしていたが、右協約締結の前日である昭和五三年七月一三日釧路支部に対し、前記の要領で頸肩腕症候群長期り患者の総合精密検診を行うこととなつた旨連絡した。同支部執行委員長は、右連絡を受け、即日各分会長に伝達し、これを受けた帯広分会は、昭和五三年七月三一日発行の広報紙「全電通おびひろ」に右の要領で頸肩腕症候群長期り患者の総合精密検診を行うこととなつた旨の記事を掲載して組合員に周知させた。

(四) 被告は、右協約に基づき左記の要領により総合精密検診を行うことを決定し、昭和五三年八月七日北海道電気通信局職員部長名で帯広局長を含む各機関長等に対しその旨を通達した。

1 目的

頸肩腕症候群長期り患者等の総合精密検診を行つて疾病要因を追究し、その結果によつて治療及び正しい療養等の指導を行い、早期健康回復を図る。

2 対象者

(1) 発症後三年を経過している者で、かつ病状の回復が認められないものとする。

(2) 前(1)以外で健康管理医が必要と認めたものとする。

3 実施方法

(1) 実施医療機関等

札幌逓信病院とし、整形外科を中心として関係科の検診を行う。

具体的には整形外科、内科、精神科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科とするが、症状に応じて他科の検診も行う。

(2) 検診期間

二週間程度とし、入院させて行う。

(3) 実施人員

一回四名程度とする。

(4) 健康調査の実施

受検者の問診に代えて調査票(別途作成送付)による健康調査を行う。

なお、本調査票は、あらかじめ受検者が記入し、受検時に整形外科部長に提出すること。

(5) 実施時間

昭和五三年八月中旬からとする。

4 対象者の選定

健康管理医が行う。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二 被告の健康管理体制及び原告の健康管理状況

1 被告が被告の主張一の1の(二)のとおり、職員の健康管理につき、健康管理規定を設けた上職員の健康診断を行い、検診の結果管理が必要な職員に対して健康管理指導を行つていること並びに原告が頸肩腕症候群と診断されて被告の健康管理指導を受ける一方、業務災害の認定を受けたこと、その治療状況が被告の主張一の1の(三)の(1)、(2)のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。

2 そして、前掲甲第七号証、いずれも成立について争いのない甲第一八号証、乙第八号証の一ないし三、証人見上光雄、同岩渕八郎、同合林弘、同川原智鶴子の各証言によると、被告(北海道電気通信局長)は、昭和五三年九月一二日前記協約に基づく第四回目の総合精密検診を同年一〇月五日から一八日までの間行うこととし、その対象者を釧路健康管理所の健康管理医の意見に基づき、帯広局の原告及び訴外中田良子と決定し、同年九月一四日付け文書で帯広局長にその旨通知したこと、帯広局においては、これに先立ち、同年八月一八日釧路健康管理所から帯広局としては、第一回目の対象者として原告及び訴外中田が選定された旨の電話連絡を受けていたこと、そこで岩渕運用部長は、同年八月二一日分会に対し、同年一〇月五日から一八日まで札幌逓信病院で右両名の総合精密検診を行う旨説明し、この説明を受けて分会の村上書記長は、同年八月二一日右両名にその旨通知したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三 原告の業務命令不服従

前掲甲第七号証、証人合林弘の証言により真正に成立したと認められる甲第一一号証、第二四号証、成立について争いのない乙第一〇号証、証人岩渕八郎、同合林弘、同川原智鶴子の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

1 原告が村上書記長から本件総合精密検診の対象者に選定されたとの連絡を受けてから、帯広局内において原告を中心とする頸肩腕症候群り患者グループ(以下「り患者グループ」という。)から、本件総合精密検診に対する疑問が提起され、そのため昭和五三年八月三一日分会執行部として合林分会長及び村上書記長らが出席して約二〇名のり患者グループと話し合つた。その際、り患者グループから、本件総合精密検診はその目的が不明確であること、疾病要因が他に転嫁されて業務上災害認定解除になるおそれがあること、札幌逓信病院は信頼できないことなどが指摘された。分会長らは、これに対し本件総合精密検診に関する協約が道地本の段階で締結されたものであることから、上部機関と協議して回答する旨答えたが、話し合いに出席したり患者は、その回答があるまでは受診しない旨の意思統一を行つた。

2 その後被告の帯広局岩渕運用部長が原告に総合精密検診を受診するよう指示したこと、これに対する原告の対応、その後に原告に対し受診方の業務命令が発せられたが原告が受診を拒否したこと等は被告の主張一の1の(四)の(1)ないし(3)のとおりで、この点については当事者間に争いがない。その点を詳説すれば次のとおりである。

3 分会執行部は、原告が本件総合精密検診の受診を拒否し、業務命令に服従しなかつたことを重視し、道地本に対して役員の派遣を要請した。道地本は、同年一〇月一一日から一三日まで執行委員長らを帯広局に派遣し、り患者グループと話し合いを行つた。り患者グループは、〈1〉 本症の発生原因がいまだ不明であるというのはおかしい、〈2〉 総合精密検診の目的が不明確である、〈3〉 札幌逓信病院は信頼できない、〈4〉 整形外科以外の科においての総合精密検診の必要性があるか、 〈5〉検診の結果、本人に不利益が生じた場合の対処方法はどうか、〈6〉 原因が他に転嫁されるのではないかなどの問題を指摘した。これに対し道地本は、〈1〉 本症が職場から発生したことは明らかであり、したがつて、本件総合精密検診を職業病に対する取組の一環として位置づけているが、症状的に個々の違いがあり、その要因として多様な原因が考えられるところから「発生原因がいまだ不明」としているものであること、〈2〉 総合精密検診の目的は、協約に明らかであるとおり、疾病原因を追究し、その結果によつて治療及び正しい療養の指導を行い、早期健康回復を図ることにあること、〈3〉 札幌逓信病院は、被告が設置し、その運営をしている病院であるが、医者と患者との立場では正常な医療機関であり、治療において組合員と管理者、企業内の者と企業外の者とで差別があるとは考えられないこと、〈4〉 従来の治療体制でも完治し、快方に向つている人も多くいるのに、長期にわたつて症状が軽快していない者がいるとすれば、本人の不安を除去し、更にはより良い治療方法を見いだし、効果的な治療を行う必要があるため総合精密検診の必要性があること、〈5〉 検診結果は、これにより本人に不利益が生じるという性格のものではないこと、〈6〉 総合精密検診の目的からすれば、本症が他の病気に転化されることはないことなどを内容とする道地本の見解を示してその立場を説明したが、結局り患者グループの納得を得るには至らなかつた。

4 原告は、昭和五三年一〇月二一日赤石労務厚生課長に対し、自分の選んだ病院で検診を受けるので具体的な検診項目を教えてほしい旨尋ねた。同課長は、岩渕運用部長に報告するとともに、北海道電気通信局に照会したところ、総合精密検診に行つて医師と対応してみなければ個々の項目はわからない旨の回答を得たので、照会結果も同部長に報告した。

5 岩渕運用部長は、業務命令に服従しないということが非常に重要なことであることから、原告に対し再度受診の機会を与えようと考え、昭和五三年一〇月二七日原告に対し、一一月九日から総合精密検診を受診するよう業務命令を発した。これに対し、原告が右命令に対する態度を留保したので、同部長は一〇月三〇日までに諾否の返事をするよう求めた。

原告は、同年一〇月三〇日り患者グループの代表者訴外山本宏美と共に同部長の許に行き、先ず、検診項目を尋ねたところ、同部長は、先に赤石労務厚生課長から報告のあつたとおり、総合精密検診に行つて医師と対応してみなければ個々の項目はわからない旨答えた。これに対し、原告は、同部長に対し、札幌逓信病院は信頼できないから総合精密検診は受診しない旨述べて前記業務命令に服従することを拒否した。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四 業務命令の無効の主張について

原告は、本件総合精密検診の実施場所を札幌逓信病院として発せられた本件業務命令は労働者に使用者の指定した医師の健康診断を受けることを拒否する権利、すなわち医師選択の自由を保障した労働安全衛生法六六条五項但書に違反するから無効であり、また、受診を命じるに当たつて、具体的な検診項目も明示しなかつたから、この点からも右業務命令は無効である旨主張するので以下この点について検討する。

1 被告と道地本の間で合意された本件総合精密検診実施についての協約がその実施場所を札幌逓信病院と定めていることは当事者間に争いがないところ、証人見上光雄の証言によると、実施場所を札幌逓信病院と定めた理由は、被告が本件総合精密検診は検査すべき科目が多いことから、これらの専門家のいる病院であることが必要であること、検査をする各専門家の所見を総合して疾病要因の究明を図るとともに今後の有効な施策が見い出されるような検討態勢が確立できる必要があること、長期間にわたつてベツドの確保が可能であること、本件の検診が計画的に実施できることなどが要求されるところ、札幌逓信病院は右の各要求に応えられるものであることに加えて、北海道における被告の職域病院としてのセンター的役割を果しているものであり、職域病院としての立場から各主治医に対して精密検診に協力を要請し易いこと、札幌逓信病院の各医師は、職員の健康管理を行つていて日常各健康管理医との意思の疎通が十分図られるし、検診結果に基づく指導も生かされること、頸肩腕症候群に関する業務上災害の認定のための検診は札幌逓信病院が行つていて、本症診療の実情が豊富であることなどから、札幌逓信病院を本件総合精密検診の実施場所とするのが最良であると考えたほか、道地本からも札幌逓信病院以外にはないとの意見が表明されたため、札幌逓信病院に決定されたことが認められる。

2 ところで、労働安全衛生法は、昭和四七年六月七日従来労働基準法の第五章「安全衛生」の抽象的規定をもとに労働省令に委ねてきたその細目を内容として独立の法律として公布されたものであるが、その第七章において労働者の健康管理について規定し、健康診断については、事業者は労働者に対し、労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行わなければならないと規定している(六六条一項)。これを受けて労働安全衛生規則(昭和四七年労働省令第三二号)四三条、四四条は、事業者は常時使用する労働者を雇い入れるとき(雇い入れ時の健康診断)及び常時使用する労働者に対し、一年以内ごとに一回、定期に健康診断(定期健康診断)を行わなければならない旨定めるほか、その四五条ないし四八条において、労働安全衛生法六六条二項ないし三項の定めに対応する特別の健康診断を行わなければならない旨規定している。同法の趣旨が労働基準法と相まつて、労働災害の防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な作業環境の形成を促進することを目的としていること並びに事業者が、病者を就業させると当該労働者の健康が害され、他の労働者に対する悪影響もあることを考慮して、右各健康診断の結果により、労働者の健康を保持するため必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備その他の適切な措置を講じなければならないとし(同法六六条七項)、更には伝染病等の疾病にかかつた労働者については、その就業を禁止しなければならないこととしている(同法六八条、同規則六一条)ことを考えると、同法が右の各健康診断の義務を定めたのは、労働者の職種、業務内容、就労場所、労働時間等の労働条件を定めるに当たつては、当該労働者の健康保持の必要も考慮してこれを定める必要があることから、その前提となる身体的条件についての判断を医師の立場から専門的所見に委ねることにより労働者を保護しようとする趣旨であると解するのが相当である。

そして、同法は、右の事業者の健康診断を行う義務に対応して、労働者に対してもこれに協力すべき義務を負わせることとし、六六条五項において、労働者は事業者が行う右各健康診断を受けなければならない旨定めているのであるが、労働者に対し常に事業者の指定する医師による健康診断を受けなければならないものとするときは、事業者に指定された医師が事業者の意を受けて恣意をもつて診断をする虞がないとはいえないから、このような場合にまで当該医師の行う健康診断を受ける義務があるとすると労働者の被る不利益が大きく、その保護に欠けることとなるので、同項但書は、労働者が事業者の指定した医師の行う健康診断を受けることを希望しない場合には、他の医師の行う右健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときに限りその義務を免れることができるとしているのである。

以上のように労働安全衛生法は、必ずしも事業者の指定した医師によることを必要としないが、労働者に同法に定める健康診断に応ずべき義務を原則として課しているのである。

3 本件総合精密検診は、前認定のとおり疾病要因を追究し、その結果によつて治療及び正しい療養の指導を行い、早期健康回復を図ることを目的として労使間の協約に基づいて実施されるものであるから労働安全衛生法六六条一項ないし四項所定の健康診断とはその目的を異にするものと解される。したがつて、同法の条項を根拠にして原告に受診の義務を認めることはできない。

しかし、頸肩腕症候群対策、り患者対策として被告の講じた措置が万全であつたかどうかはともかく、前記のとおり被告としては一応の措置を講じ、その結果り患者数の減少をみているし、長期り患者である原告に対しても、長期にわたつて労務軽減等の措置を講じていることも当事者間に争いのないところであつて(その詳細は被告の主張一の1の(一)の(1)、(2)及び一の1の(三)の(1)、(2)のとおりである。)、これらの事情を考慮すると、被告が疾病要因を追究し、その結果によつて治療及び正しい療養の指導を行い、早期健康回復を図ることを目的として、本件の総合精密検診を実施するについて、原告において特に加重な負担を伴うものでない限り、これに協力すべき信義則上の義務があると認めて不当とも考えられない。しかるところ本件総合精密検診の実施については、労使間の協約が存することは前記のとおりであつて、本件総合精密検診の実施が右労働協約の実行たる側面をも有することは明白であるところ、右協約締結に至る前認定の経緯のほか、原告が長期にわたつて受けた労務軽減等の措置の内容等に照らすと、二週間にわたり札幌逓信病院に入院して受診すべきことをもつて直ちに原告に加重な負担を強いるものということはできない。

なお、原告は、本件総合精密検診の目的は専ら頸肩腕症候群と同様の症状を呈する他の症病の有無を判断する鑑別診断を行うことにあると主張するが、そもそも業務災害の認定を受け、各種の補償を受けている場合に、鑑別診断を行うことは本来許されていることであつて、そうだとすると被告が検診結果をそのような目的に使用しないと明言しているのであるから、本件総合精密検診が原告主張の鑑別診断の実質を有するものということはできないと認めて相当である。

以上の点からすると、札幌逓信病院を実施場所とする総合精密検診は相当の合理性があり、かつ労働協約の実行たる面も存するので、それが原告に加重な負担を強いるものでない限り、原告においてこれに応ずべき義務を認めても不当ではない。

4 しかるに、被告が原告に対し、本件総合精密検診の具体的検診項目を明示しなかつたことは被告において自認するところ、被告は、本件総合精密検診の目的から考えると、個々の専門分野における具体的検診項目は、り患者個々の症状によつて異なるから、当初からこれを予想するのは困難で、り患者の症状に応じて医師の判断に委ねられるべきであつて、検診科名のみでなく、より具体的な検診項目を告知することは被告に不可能を強いるものである旨主張する。

しかし、具体的な検診項目は個々のり患者の症状に応じ、医師の判断に委ねられるのが相当といい得るとしても、被告の右主張は、にわかにこれを首肯できない。すなわち、原本の存在及び成立について争いのない乙第四号証によると、被告の頸肩腕症候群プロジエクト・チームは、り患者について筋電図検査、血液検査、尿検査、脳波検査、レントゲン検査、その他の各種検査を駆使して、病態生理を中心として専門医学的究明を試み、その結果を昭和五一年四月一五日に被告に報告していることが認められるのであつて、このことのみからしても、少くとも標準的な検診項目は被告において充分認識していたものと推認できる。のみならず、原告が対象者として選ばれた本件総合精密検診は、前認定のとおり、実施要領に基づいて実施される第四回目の検診であつて、右要領によれば一回四名程度の検診を行うこととされているから、原告より以前に約一〇名程度が受診しているものと推認され、検診の実績もないわけではないのであるから、検診科名のみではなく具体的な検診項目を告知することが被告に不可能を強いるものであるとの被告主張は首肯し難いものといわなければならない。このことは成立に争いのない乙第三七号証により認められる次の事実、すなわち、昭和五五年八月八日に成立した全電通労組(中央)と被告との協約において、具体的検診項目はり患者の症状等に応じて専門医が判断するものであり、画一的に定められるものではないとしながら、標準的に考えられる検診項目を整形外科、内科、神経科、眼科、耳鼻咽喉科、その他の科の検診区分に分けた上、合計一八にわたる検診項目を掲げていることからも窺うことができるのである。そして、本件総合精密検診は、全国に先きがけて北海道において実施されるものであり、しかもその初期の段階のものであつて、帯広局においては初めてその対象者に選ばれたというのであるから、原告においても本件総合精密検診の実施に至る経緯については、これを了知していたとは認められるものの、現に自分がその対象者になつてみれば、二週間も入院して具体的にはどのような検診・検査を行うのかが判らないというのでは、危惧・不安の念を抱くのは当然である。したがつて、本件総合精密検診がレントゲン線照射や採血などの肉体的侵しゆう、苦痛を伴うものであることが抽象的、一般的には判つていたのであるから、本件検診に協力すべき義務が信義則上認められるものであるにすぎない以上、抽象的、一般的ではあるにせよ、当時判つていた範囲内でこれら肉体的侵しゆう、苦痛を伴うものであることを告知あるいは説明するのでなければ、業務命令としてその受診を命じ、これを強制することはできないといわなければならない。

これを本件についてみるに、被告が原告に対して業務命令として本件総合精密検診の受診を命じるに当たり、検診項目を告知しなかつたことは被告の自認するところであるが、被告としては、本件検診が全国でも最初の試みであることに思いを致し、原告の不安や危惧を解消して検診が円滑に実施されるよう努力すべきであつたと考えられる。ところが、被告は、具体的検診項目については、抽象的、一般的に考えられるものについてさえ告知せず、しかも、二回目の業務命令を発する前には、原告から現実に検診項目を教えて欲しい旨の要求があつたのに、これに応じないまま業務命令を発したものである。

本件総合精密検診は前記のとおりり患者の早期健康回復を図ることを目的とするものであるから、この検診についても医師選択の自由が存するとの原告の主張については、当裁判所は疑問なしとしないのであるが、その点はともかく、右のように被告において原告の要求にもかかわらず、検診項目を明らかにしなかつた一事をもつて、その受診を命じる本件業務命令は無効と断じざるを得ない。

5 以上のとおり、本件業務命令は無効であるから、これに従わなかつた原告の行為を理由として、原告を懲戒処分に付することはできない。

五 原告の職務放棄

前掲甲第七号証、成立について争いのない乙第二八号証の一、二、証人合林弘の証言により真正に成立したと認められる甲第一〇号証、証人岩渕八郎の証言により真正に成立したと認められる乙第一一号証の一ないし五、証人岩渕八郎及び同合林弘の各証言によると、帯広分会は、昭和五三年一〇月三日原告に対して本件業務命令が発せられたことについて対応策を検討したが、本件総合精密検診は労使の協約に基づいて実施されるものであるから、これの受診を命ずる業務命令の撤回を求めることは組合の立場とは相容れないものであるため、同日釧路支部に対して状況を報告するとともに対応策についての指示を求め、その指示に基づき岩渕運用部長に対し業務命令発出の根拠を質したところ、同部長は地方交渉で労使が合意した協約を履行するためのものである旨答えたこと、分会は、同日夜分会委員会を開催中であつたところから急遽この問題について討議し、最終的には執行部にその対応を一任することになり、委員会終了後執行部担当者が原告に架電して業務命令に従うよう説得したが、原告は検診には疑問があり、職場からの疑問点が解明されていない等の理由を挙げて受診を拒否する旨答えたこと、分会執行部は、同年一〇月六日本件総合精密検診が労使確認事項であるという立場に立ちつつも、業務命令発出という形にまで発展したことを重視してその究明を図るべく、被告に対し同年一〇月九日に団体交渉を開催するよう申し入れるとともに以上の経過を「全電通おびひろ」に掲載して同年一〇月六日組合員に配布したこと、分会が要求した団体交渉は同年一〇月九日午後三時から帯広局局舎三階の会議室で開催されることになつたが、分会執行部は、運用部を中心とする職場から公開による団体交渉とするよう要求があつたので当日午前中被告と交渉したが被告がこれを拒否したため、当日の団体交渉は非公開で行う旨運用部の小杉分会委員を通じてり患者グループに伝えたこと、団体交渉は、午後三時から三階の会議室で開かれ、被告側から局次長及び岩渕運用部長ほか三名が、分会側から合林分会長ほか八名がそれぞれ交渉委員として出席したこと、団体交渉の席上被告が原告に対する業務命令発出についての説明をしていたところ、午後三時一五分ころ原告ら一二名の女子職員が団体交渉を傍聴するため会議室に入つて来てそのうち何人かは奥に置いてあつた椅子を持ち出して座ろうとしたこと、被告の交渉委員である赤石労務厚生課長が分会側交渉委員に抗議したところ、合林分会長らが立ち上り非公開の団体交渉であるから室外へ退去するよう指示したこと、しかし、女子職員の中から公開すべきである旨の発言等があり室内は騒然としたこと、合林分会長はとつさに公開、非公開の判断ができなかつたことから、室外で話をしようと考えて原告らと室外へ出て滝山執行委員とともに原告らと話し合つたが、団体交渉は公開が原則か非公開が原則かの問題となつたため、いつたん会議室に戻つて協約集を持参して再び廊下に出て協約の趣旨について説明をしたこと、合林分会長は、いつたん会議室へ戻つた際、村上書記長に対し休憩を取るよう指示したこと、村上書記長は、被告の説明が終了した午後三時二〇分被告に休憩を取るよう申し入れ、交渉が中断したこと、合林分会長は、公開か非公開かの問答が長引きそうな状況にあつたことから、たまたま釧路支部の副委員長と副調交部長が局舎一階の分会書記局に居合わせたので、書記局まで行つて右二名に応援を求め、右二名とともに会議室前廊下に戻つたこと、そこで釧路支部副委員長及び副調交部長から直ちに自席に戻るよう指導がされたが原告らはこれに応ぜず、更に長引く状況であつたことから、合林分会長はこれら女子職員の服務の取リ扱いが心配となつて原告らに服務の関係を尋ねたところ、女子職員の中から年休で来たとの発言もあつたが、原告はその場を離れ二階の自席に戻つて行つたこと、原告が自席に戻り職務に服したのは午後三時二五分であつたことの各事実が認められる(原告が昭和五三年一〇月九日被告と分会との間の総合精密検診についての業務命令発出の問題についての団体交渉が行われていた会議室に他の女子職員とともに入室したこと、原告が合林分会長から他の女子職員とともに室外に出されたため、同室前廊下で分会長と話し合つた後自席に戻り職務に復帰したことは、いずれも当事者間に争いがない。)。

ところで、原告が会議室へ入室した時刻について、原告本人は午後三時一〇分近くであつたと供述し、証人川原智鶴子も午後三時七分か八分であつた旨原告本人の供述に副う証言をするほか、証人合林弘は午後三時一三分であつた旨証言しており、又、原告本人は自席に戻つて職務に復したのは午後三時一五分か一六分であつた旨供述する。

しかし、証人岩渕八郎は、当日被告の交渉委員として団体交渉に出席していた者であるが、原告らが会議室に入つて来たとき壁にかかつている時計を見たところ三時一五分であつた旨証言するところ、右証言は前掲乙一一号証の一ないし五の同証人を含む被告側交渉委員五名作成の各現認書の記載と一致してこれに裏付けられており、これに信を措くことができると考えられる反面、原告本人の供述は「三時一〇分近かつたと思います。」というものであいまいで、又証人川原智鶴子の右証言も同証人の証言によると時計で確認したものではないと認められる。

次に、前掲乙第二八号の一及び証人岩渕八郎の証言によると、原告の上司である第二運用課長は原告が自席に戻つて職務に復した時刻を午後三時二五分であると確認したことが認められるところ、証人合林弘は原告らが会議室に入つて来てから廊下に出るまで約三分位経つており、廊下に出てから原告がその場を離れて自席の方へ戻つて行くまで六分ないし七分間経つていた旨証言している。前記のごとき団体交渉が中止された後の経過からすると、この証言は首肯できるところである。そうすると、原告が自席に戻つたのは午後三時二五分ころと優に認め得るところであつて、この認定に反する原告本人尋問の結果等はいずれも措信できない。

そして、原告が当日午後三時から三時一五分までの間休憩時間を付与されていたことは当事者間に争いがないから、原告は、昭和五三年一〇月九日午後三時一五分休憩時間満了と同時に自席に戻つて職務に復さなければならないのに、午後三時二五分になつて自席に戻り職務に復したものであつて、その間一〇分間にわたり職場を離脱して職務を放棄したものであるというべきである。

六 処分事由に該当することについて

1 日本電信電話公社法三三条一項は

総裁は、職員が左の各号の一に該当するときは、これに対し、懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。

一 この法律又は公社が定める業務上の規定に違反したとき。

二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つたとき。

と規定し、更に成立について争いのない乙第一号証によると就業規則は五条一項において「職員は、みだりに欠勤し、遅刻し、もしくは早退し、または直属上長の承認を受けないで、執務場所を離れ、勤務時間を変更し、もしくは職務を交換してはならない。」と規定し、五九条は「職員は、次の各号の一に該当する場合は、別に定めるところにより、懲戒されることがある。」と定め、その一八号において「五条の規定に違反したとき。」とそれぞれ規定しているほか、六〇条において懲戒処分の種類を免職、停職、減給、戒告と定め、戒告は、文書をもつて責任を確認し、将来を戒められるものである旨規定している(六三条)ことが認められる。

2 そして、原告が職務を放棄した行為は、就業規則五九条一八号、五条一項に該当することが明白である。

第三 本件処分が無効であるとの主張について

一 日本電信電話公社法違反

原告が昭和五四年四月一日実施された定期昇給において、前年度の勤務期間中に戒告処分を受けたことがある職員の定期昇給は四分の一の割合に相当する額だけ昇給標準額を減じて行われる旨を定めた就業規則七六条四項三号の規定により、昇給標準額三五〇〇円の四分の一に相当する八七五円を減額されたことは当事者間に争いがない。原告は、右の昇給標準額の減額は、減給処分と同一の実質を有するものであるところ、右減額の効果は原告が被告の従業員としての地位にある間継続するものであるから、右昇給標準額の減額を伴う本件処分は、減給処分は一月以上一年以下の間俸給の一〇分の一以下を減ずる旨規定した日本電信電話公社法三三条四項に違反する旨主張するのであるが、同法三三条は被告にその職員を懲戒処分に付する権利を付与しているのであるから、当該職員につき懲戒処分に付されるべき事由が存し、かつ、その懲戒処分が適法な手続で行われている以上、その懲戒処分が無効となることはないというべきであつて、このことは就業規則上懲戒処分に付された者に対して一定の不利益な取り扱いをすることになつている場合でも何ら異なるところはなく、このような場合においては、その不利益取り扱いの是非を争うべき筋合いであつて、懲戒処分自体の無効を主張することは許されないと解するのが相当である。原告の主張は理由がない。

二 懲戒権の濫用

1 日本電信電話公社法三三条は、職員に懲戒に付すべき事由(処分事由)があるときは職員に対し懲戒処分を行うことができる旨規定しているが、懲戒権者が懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするとしていかなる処分を選択すべきかを決するかについては何ら具体的に定めていない。したがつて懲戒権者は、処分事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該職員の右行為の前後における態度、処分歴、選択する処分の軽重等諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、懲戒処分をするとしていかなる処分を選択すべきかを決定することができると考えられるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から職場の事情に通暁し、部下職員の指導監督の任に当たる者の裁量に委ねるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。したがつて、被告の職員につき、同法に定められた懲戒に付すべき事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うとしていかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

2 これを本件についてみるに、本件処分の理由となる原告の非違行為は、前記認定のとおり一〇分間にわたり職場を離脱して職務を放棄したというものであるが、その態様は他の女子職員とともに団体交渉を傍聴するため、団体交渉開催中の会議室に立ち入り、一部の者においてその公開を要求して室内を騒然とさせ、更に、同室前において分会長らと公開、非公開をめぐり問答をしていたため、一〇分間にわたり職場を離脱したというものである。被告は、原告らの行為は、団体交渉に不当な圧力をかける意図のもとに、右会議室に入り、団体交渉を中断させたのみならず、再開不能に至らしめたものであり、まさに業務の正常な運営を阻害する行為とも評価し得るものである旨主張する。しかし、原告らに団体交渉に不当な圧力をかける意図があつたと認めるに足りる証拠はなく、団体交渉が中断し、再開されなかつたのも帯広分会側が休憩を申し入れたことによると認められるのである。もつとも、右休憩申入れの原因が分会側の原告ら女子職員との対応の必要からであつたことは、前記認定事実から明白であるが、原告が会議室内で団体交渉の公開を要求して室内を騒然とさせたとは認められず、一部の者が公開を要求する発言をしたのも、原告も含めて全員が予め意を通じてしたものではなく、被告の交渉委員である赤石労務厚生課長の抗議により合林分会長が室外へ退去するよう指示したことから、いわば偶発的に起つたものと認めるのが相当であるから、団体交渉の中断、再開不能の責任を原告に問うことはできない。原告の職務放棄の態様は、右のように不当、不法な行為に及んだというものではなく、原告は、その六日前に第一回目の業務命令を受けてその翌日にこれを拒否したものであるが、右団体交渉は、業務命令発出の問題をめぐつて最初に開催される団体交渉で、しかもこの業務命令に対する原告の疑問も相当の根拠があつたといえるので業務命令を拒否した当の本人である原告がこれに関心を持ち、これを傍聴したいと考えるのは極めて当然で、このことは原告のために酌むべき事情として考慮しなければならないと考える。そして、証人岩渕八郎の証言によると、原告とともに会議室へ立ち入つた女子職員のうち、午後三時一五分から午後四時まで授乳のため勤務を免除されていた訴外清水博美に対しては、特例的勤務免除の時間を目的外に使用したことにより帯広局長から口頭による厳重注意の処分をしているに過ぎないと認められること、前説示のとおり、本件処分のもう一つの理由とされた業務命令拒否の行為については、これを処分の理由とすることは許されないことなどをも併せて考慮すると、当事者間に争いのない原告の過去の処分歴(昭和五二年九月八日、帯広局長による厳重口頭注意。)を考慮に容れても、原告が昭和五四年四月一日の定期昇給において昇給標準額三五〇〇円の四分の一に相当する八七五円を減額されるとの効果を伴う本件処分は、社会観念上著しく妥当を欠いたものといわざるを得ず、懲戒権を濫用したものとして、違法たるを免れない。本件処分は、無効というべきである。

第四 以上のとおりであるから、本件処分の無効確認を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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